認知症の新しい点滴治療薬をご存じですか?
認知症という疾患には様々な原因がありますが、最も多くを占めるのがアルツハイマー病です。アルツハイマー病は、脳内にアミロイドβやリン酸化タウという蛋白質が過剰に蓄積することで発症すると考えられています。これにより神経細胞の働きが障害され、徐々に死滅していき、次第に脳萎縮が起こっていきます。その過程で認知機能が徐々に障害され始めてゆき、軽度認知障害(MCI)という認知症の前段階を経て、最終的には認知症に至る進行性の変性疾患です。アルツハイマー病では、これまで「コリンエステラーゼ阻害薬」と「NMDA受容体拮抗薬」という2つのタイプの抗認知症薬が使われてきました。いずれの薬剤も生き残っている神経細胞を守ることで、認知症の進行を緩やかにする効果が期待され、現在まで使用されてきました。しかし、これらの内服薬は原因を治すものではなく、病気の症状を和らげるもので(対症療法)、長年にわたり病気の根本にアプローチできる薬が望まれていました。そうした中で登場したのが、今話題となっている「抗アミロイドβ抗体薬」という薬剤になります。
待望の新薬/抗アミロイドβ抗体薬
抗アミロイドβ抗体薬は、アルツハイマー病の原因とされる脳内に蓄積したアミロイドβを直接取り除く作用があり、点滴で投与する新しいタイプの薬です。本邦では2023年にはレカネマブ、2024年にはドナネマブという抗体薬が登場し、保険診療として治療を受けることができるようになりました。しかし、高額薬のため厚労省が提示する「最適使用推進ガイドライン」に沿って治療を進めることになっており、どこの施設やクリニックでも使用できるものではなく、対象者や使用法などが厳格に規定されています。
新しい抗体薬治療は早期アルツハイマー病患者が対象になります
抗体薬の対象者として、アルツハイマー病に伴う軽度認知障害(MCI)と軽症のアルツハイマー型認知症が適応とされ、薬剤によって治療を始められる条件が少し異なっています。レカネマブという薬剤は、神経心理テストであるMMSE(ミニメンタルステート検査)が22~30点であることが要件で、他方ドナネマブはMMSEが20〜28点が条件とされています。総じて言えることは、この抗体薬は軽症のアルツハイマー型認知症が対象となる薬剤であり、中等度以上に進行した認知症では使用できません。従って、実際の臨床では物忘れを主訴に来院される患者さんの中から、MMSEやHDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価)などの認知機能検査を行って、抗体薬の対象者となるような軽症の認知症を見つけだすことが重要となります。
抗体薬治療では脳内にアミロイドが蓄積している方が治療対象です
抗アミロイドβ抗体薬は、脳内に溜まったアミロイドβを除去することで効果を発揮する薬ですので、実際にアミロイドβが溜まっている人が投与対象になります。しかし、専門医が診断基準に基づいてアルツハイマー型認知症と診断した患者さんの中にも、実はアミロイドβが溜まっていない症例(アルツハイマー病ではない)が30%程度紛れ込んでいることが知られています。したがって、この抗体薬を使用できるかを判断するためには、必ず脳内にアミロイドが蓄積しているかを確認する必要があり、そのためにはアミロイドPET検査や脳脊髄液検査を行うことになります。
治療できる施設が限られています
また、ガイドラインでは抗体薬治療を実施できる施設要件も厳しく規定されており、古賀・福津・宗像地区においては福岡東医療センターや宗像水光会総合病院などが医師の配置や副作用への対応などの要件を満たしている初回導入施設となっています。抗体薬の投与開始から半年程度は脳浮腫や脳出血などの副作用が生じる可能性があるため、定期的な脳MRI検査が必要となります。このような厳しい要件設定のため、地域における初回導入施設は限られており、より多くの新規の患者さんに抗体薬治療を受けていただくためには、ある程度安全に投与が行えている患者さんは自宅から近い連携医療機関(フォローアップ施設)に移っていただき、抗体薬治療を継続していただくことになっています。
軽度認知障害(MCI)症状のチェック―早めの対策が大切
先ほども述べましたが、抗アミロイドβ抗体薬は進行したアルツハイマー型認知症では使用できないため、早期のアルツハイマー病という診断が重要な鍵となります。また、軽度認知障害(MCI)から認知症に移行する割合は1年で約5〜15%とされる一方で、約16〜41%は軽度認知障害(MCI)から認知機能が正常に戻る可能性があるといわれています。運動や認知トレーニングなどによって認知機能を維持・改善できる可能性があるともいわれており、軽度認知障害(MCI)の段階から適切な対策を始めることが重要となります。そのような中でも、意識しておきたい軽度認知障害(MCI)の代表的症状としては、「何度も同じことを尋ねたり、同じ話を繰り返すとき」、あるいは「探し物が増えるなど」が挙げられます。早期の認知症では短期記憶障害(数分〜数日以内の近時記憶)が起こりやすいとされているので、このような症状には気をつけてもらうとよいかもしれません。その他、料理の趣向や味つけが変わる、家電製品の使い方に戸惑う、電車の乗り継ぎがわからなくなるなども初期の認知症の症状です。自分や家族に「いつもと違う」「何かおかしい」と感じる状況が増えてきた場合には、早めにかかりつけ医や脳の専門医に相談いただくことをお勧めしています。
認知症治療の将来と展望
抗アミロイドβ抗体薬が登場し、認知症治療は1つの大きな変革期を迎えたと思います。しかしながら、抗アミロイドβ抗体薬を使用したとしても、さらなる認知機能の悪化を抑制できるのは3割ほどに過ぎず、正常な認知機能まで回復させることはできていません。アルツハイマー病の発症にはアミロイドβ以外にも、リン酸化タウの蓄積や脳内の炎症状態、酸化ストレスなど、多種多様な因子が関与していると考えられているので、アミロイドβだけを攻略しても認知症が完全に治るわけではないのです。今後は、より高い効果が期待できる抗アミロイドβ抗体薬や、ほかの因子にアプローチする治療薬の開発が課題となっていくでしょう。また、レカネマブ、ドナネマブという抗体薬は血液脳関門(脳組織への物質の侵入を制限するバリア機能)を通過しづらく、薬剤を脳の患部に届けることが難しいといわれています。選択的に血液脳関門を通りやすくすることで安全性と利便性を兼ね備えた薬の登場にも、期待を寄せられています。
また、抗アミロイドβ抗体薬は全てのアルツハイマー病の方に使えるわけではないため、これまで使用されてきたコリンエステラーゼ阻害薬やNMDA受容体拮抗薬も、大切な治療選択肢であることに変わりはありません。また、最近ではアルツハイマー病に伴う行動・心理症状(BPSD)としての不安・抑うつ、焦燥感、興奮、易怒性などに対してはブレクスピプラゾールという抗精神病薬が新たに適応となり、使用できる薬剤も増えてきています。基本的に認知症が進行していくと行動・心理症状(BPSD)も出やすくなり、介護するご家族の負担度も増えますので、社会的なサポート体制の構築がより大切となっていくと思います。
まとめ
認知症はこれまで症状を緩和させる対症療法しかありませんでしたが、2023年から病気の根本にアプローチできる抗アミロイドβ抗体薬が日本でも使用できるようになり、アルツハイマー病の新たな治療選択肢として大きな期待が寄せられています。アルツハイマー病では認知機能低下の症状が出る10年~20年前から、脳内ではアミロイドβがゆっくりと時間をかけて溜まっていくと考えられています。この長い潜伏期間の間にアミロイドβは脳の局所で炎症を起こし、神経細胞へのダメージを増悪させ、徐々に脳に修復不可能な病変を引き起こしていきます。したがって、抗アミロイド抗体薬の治療効果を効率よく得るためには、アルツハイマー型認知症の早い段階での抗体薬使用がより大切だと考えられています。そのためにも、より早期のアルツハイマー病患者さんを発見することが重要なカギになっていくことは間違いないことだと思われます。